本日20日の北陸中日新聞(石川・富山)にてコフネコの特集記事が紙面の半面に掲載されてます。
なぜ現在の作風に至ったかの生い立ちを踏まえた経緯、作品に込める思いなどが綴られています。
もし暇な方は暇つぶしに見てみてください~。
http://www.chunichi.co.jp/hokuriku/popress/pdf/20101120.pdf
ちなみに今、先週からベルギーにいまーす☆
ベルギーはというと…
さくらんぼのビールがおいしい
建物がおとぎ話みたいにかわいい
犬とカモメが半端なくデカい
日の出が遅いし、こっちの冬はガチ寒い
雑な解説ですいません
なにせまだ来て一週間ほどなもので。
短期留学で年末までいることになってますが、やっぱりヨーロッパは肌に合わないため、
12月頭にちょっと息抜きがてらモロッコに一週間行きます笑
それではまた!
2010年11月20日土曜日
2010年10月28日木曜日
所さんの笑ってこらえて
に、私がちょろっと出ましたー。
実は先月の個展の時に取材を受けてて、それが昨日放映されたそうです。
というのも、「ダーツの旅」の雑誌バージョンができたらしく
それが「Clubism (クラビズム)」という北陸(石川?)雑誌にあたって、たまたまその「クラビズム」が私の取材をすることになってたので、それを聞いた番組スタッフが同行してきたという感じです。
個展初日のパフォーマンスを準備段階から撮られていたので、
連日の寝不足で顔むくんでなかたっけ?! とか
ちゃんと化粧してなかったよな??! とか
どんな風に映ってるのか恐ろしくて恥かしくて事後報告になりました笑
自分自身、アフリカンダンスの練習もあって放送は見てないですが
いろんな人から「出てたよね!?」メールが来て、意外と見てるんだなぁと驚きです。

今月の「Clubism (クラビズム)」のEditer's Eyeってコーナーにちょろっと私が載ってるので、北陸の方々は良かったら見てみてください~。
あ、北陸以外でもネットで買えるみたいですよ!
今週の30、31日、11/1は美大祭です!
30日4時からアフリカンダンスのステージがあるので、お近くの方ぜひ見に来てください*
実は先月の個展の時に取材を受けてて、それが昨日放映されたそうです。
というのも、「ダーツの旅」の雑誌バージョンができたらしく
それが「Clubism (クラビズム)」という北陸(石川?)雑誌にあたって、たまたまその「クラビズム」が私の取材をすることになってたので、それを聞いた番組スタッフが同行してきたという感じです。
個展初日のパフォーマンスを準備段階から撮られていたので、
連日の寝不足で顔むくんでなかたっけ?! とか
ちゃんと化粧してなかったよな??! とか
どんな風に映ってるのか恐ろしくて恥かしくて事後報告になりました笑
自分自身、アフリカンダンスの練習もあって放送は見てないですが
いろんな人から「出てたよね!?」メールが来て、意外と見てるんだなぁと驚きです。

今月の「Clubism (クラビズム)」のEditer's Eyeってコーナーにちょろっと私が載ってるので、北陸の方々は良かったら見てみてください~。
あ、北陸以外でもネットで買えるみたいですよ!
今週の30、31日、11/1は美大祭です!
30日4時からアフリカンダンスのステージがあるので、お近くの方ぜひ見に来てください*
2010年10月6日水曜日
新作映像公開
つい先日YouTubeに映像作品をアップしました。
内容は、2009年の東京ビッグサイト、2010年春のパプアニューギニア(ゴロカ、タリ、アロタウ)、夏にドイツのベルリン、先月パプアニューギニアのゴロカショーでのBody Artが詰まってます。
そうそう、先月1週間パプアニューギニアに行っていたのですが今回も無事還ってこれました。
実は、行きの飛行機がけっこーガラガラだったのでどうしたんだろうと思っていたら、ここ2~3ヶ月で首都の空港で死人が出る銃の乱射事件が2件くらいあったらしいです。そんで外務省の危険度レベルがアップしてしまい、JALとかANAのゴロカショーツアーがキャンセルになっていたとか。。。
そして今回のゴロカショー際中、会場近くで部族同士のファイティングがあって死人が出ていたそうで…パプアではこういったことは日常茶飯事ですが、毎回いろいろ考えさせられます。
ゴロカショーとは、独立記念日の大きなお祭りです。
大きな広場に各地の部族が20人前後ずつ終結して3日間踊ります。
とにかくみんな衣装が派手ででかくて独創的で、涙が出るくらいかっこいいです。
今回改めてパプアのすばらしさに感動しました。
そんな彼らに負けないくらいのインパクトを持って、響きあうためにはどうしたらいいか。。。
と悩み、あえて飾らない方向を選んで頭を剃りました。
もうずっと伸ばし続けていた長い髪を切るのにはやっぱり勇気が必要で、腹をくくるのに時間がかかりました。
でもそれによってみんなを喜ばせることができる、
と、パプアの大地でお気に入りのロングヘアーとおさらばしました。
髪よ、しばしのお別れなり。

今回人生初のスキンヘッドだったので、いったいどんなBody Artになるのかまったく未知でした。
ボディメイキング最中、シールを貼りなれてるはずの友人が「気持ち悪い!」「怖い!」を連発し、「宇宙人のサイボーグを作り出してる博士の気分」とまで言うので、私も不安になり『みんな喜ぶどころか恐れおののいて逃げてしまったらどうしよう』と本気で心配しました。
しかし、顔のメイクでなんとか人間味を出すことができました。
でも、まして私はよそ者。
こんな私がその国の独立記念日に参加して彼らの規律を乱してしまうのではないか。
みんなに受け入れてもらえるかどうか不安とドキドキで朝を迎えました。
ショーといってもちゃんとした舞台やプログラムがあるわけでもありません。
ダンボールの裏に村名や部族名を書いたプラカードを持って昼前後にそれぞれやってきます。
私もダンボールで自分のプラカードを作って入場。
反応は予想以上にいいものでした。
各部族ごとに輪に入ってもいいか尋ねてセッションしたのですが、喜んで受け入れてくれ、その周りにはあっという間に人だかりができました。
集まってきた彼らは私の皮膚がいったいどうなっているのか気なったのか、踊ってる最中タッチしてくる人がちらほら。
私が踊りながらもリアクションを返すとさらに大喜び。
次第にみんなタッチし始めて大盛り上がりでした。
その部族の輪から抜け出して次のセッション相手を探しに行っていると、気づくと背後にはさっきの人だかりがぞろぞろとついて来ていました。
そのうち追いかけっこへと発展。
逃げれば大群に追いかけられ、はたまたちょっかいを出してきた男を追いかけ、もうなんじゃこりゃ状態。
内容は、2009年の東京ビッグサイト、2010年春のパプアニューギニア(ゴロカ、タリ、アロタウ)、夏にドイツのベルリン、先月パプアニューギニアのゴロカショーでのBody Artが詰まってます。
そうそう、先月1週間パプアニューギニアに行っていたのですが今回も無事還ってこれました。
実は、行きの飛行機がけっこーガラガラだったのでどうしたんだろうと思っていたら、ここ2~3ヶ月で首都の空港で死人が出る銃の乱射事件が2件くらいあったらしいです。そんで外務省の危険度レベルがアップしてしまい、JALとかANAのゴロカショーツアーがキャンセルになっていたとか。。。
そして今回のゴロカショー際中、会場近くで部族同士のファイティングがあって死人が出ていたそうで…パプアではこういったことは日常茶飯事ですが、毎回いろいろ考えさせられます。
ゴロカショーとは、独立記念日の大きなお祭りです。
大きな広場に各地の部族が20人前後ずつ終結して3日間踊ります。
とにかくみんな衣装が派手ででかくて独創的で、涙が出るくらいかっこいいです。
今回改めてパプアのすばらしさに感動しました。
そんな彼らに負けないくらいのインパクトを持って、響きあうためにはどうしたらいいか。。。
と悩み、あえて飾らない方向を選んで頭を剃りました。
もうずっと伸ばし続けていた長い髪を切るのにはやっぱり勇気が必要で、腹をくくるのに時間がかかりました。
でもそれによってみんなを喜ばせることができる、
と、パプアの大地でお気に入りのロングヘアーとおさらばしました。
髪よ、しばしのお別れなり。

今回人生初のスキンヘッドだったので、いったいどんなBody Artになるのかまったく未知でした。
ボディメイキング最中、シールを貼りなれてるはずの友人が「気持ち悪い!」「怖い!」を連発し、「宇宙人のサイボーグを作り出してる博士の気分」とまで言うので、私も不安になり『みんな喜ぶどころか恐れおののいて逃げてしまったらどうしよう』と本気で心配しました。
しかし、顔のメイクでなんとか人間味を出すことができました。
でも、まして私はよそ者。
こんな私がその国の独立記念日に参加して彼らの規律を乱してしまうのではないか。
みんなに受け入れてもらえるかどうか不安とドキドキで朝を迎えました。
ショーといってもちゃんとした舞台やプログラムがあるわけでもありません。
ダンボールの裏に村名や部族名を書いたプラカードを持って昼前後にそれぞれやってきます。
私もダンボールで自分のプラカードを作って入場。
反応は予想以上にいいものでした。
各部族ごとに輪に入ってもいいか尋ねてセッションしたのですが、喜んで受け入れてくれ、その周りにはあっという間に人だかりができました。
集まってきた彼らは私の皮膚がいったいどうなっているのか気なったのか、踊ってる最中タッチしてくる人がちらほら。
私が踊りながらもリアクションを返すとさらに大喜び。
次第にみんなタッチし始めて大盛り上がりでした。
その部族の輪から抜け出して次のセッション相手を探しに行っていると、気づくと背後にはさっきの人だかりがぞろぞろとついて来ていました。
そのうち追いかけっこへと発展。
逃げれば大群に追いかけられ、はたまたちょっかいを出してきた男を追いかけ、もうなんじゃこりゃ状態。
2010年8月30日月曜日
コフネコトモ子展

展示内容
絵画、映像、写真、衣装帽子、インスタレーション、パフォーマンス
期間
2010年9月11日(土)~9月27日(月)
時間
10:00 ~ 18:00 *展覧会初日11日(土)のみ18:30開場
定休日
水曜日
場所
金沢アートグミギャラリー(近江町市場横)
石川県金沢市青草町88番地 北國銀行武蔵ヶ辻支店3階
www.artgummi.com
入場料
無料
主催
金沢美術工芸大学、北國銀行
協力
金沢アートグミ
関連イベント
オープニングセレモニー
9月11日(土)18:30~
テープカット
コフネコトモ子 パフォーマンス
です!
ぜひお越しください!
2010年8月25日水曜日
iPhoneアプリで写真集発売
2010年8月18日水曜日
ドイツから帰国

撮影記の方はしばし休んで。。。
12日間ほどドイツのベルリンにベルリン東京国際交流展で行っていました。
今回初ヨーロッパでしたが、着いたその日から初めて来たとは思えないくらい自分にとって自然で、自然で、不思議なくらいスーパーナチュラルでした。
ヨーロッパは嫌いでしたが、私が出会った人はみんないい人で、ドイツはめちゃいいとこでした!
そして夏とは思えなくらい涼しくて夜が寒くて9時半くらいまで空が明るい!
道行く人、ショップ内、電車内、みんな犬を連れて歩いていて、猫は1匹しか見かけませんでした。
さらに首都とは思えないくらい緑がいっぱいで、食べ物が安くて。。。
夏なら住んでもいいかもしれません。
滞在中は展示準備、街中でのパフォーマンス、会場でレセプション時のパフォーマンス。。。とハイパー忙しく睡眠不足も解消されないまま帰国しました。
反応は予想してたより良く、周りが自然に協力してくれて、なんとか実現できたという感じです。
ありがとう皆様。
さあ、個展の準備です。
パプアニューギニア、ドイツでのBody Art作品、絵画、映像等を展示予定です。
9月に金沢のアートグミで開催するので近くなったらまた告知します。
撮影記、ドイツ写真は個展後にアップしたいと思います。
2010年7月6日火曜日
パプアニューギニア撮影記 Part.2 タリ
≪3/20~3/22≫
ゴロカから首都ポートモレスビーに戻り、
ここで先に帰国するアシスタントである友人を一人見送った。
次はサウスハイランド州に位置し、
資源開発の反対派による橋の爆破事件が起こるなど治安が悪化している、
最も気合いが必要と予想されるタリであった。
ところがグルポカでパフォーマンス後に体を洗う際、山の冷水しかなかったためにひいてしまった風邪が
ここで一気に悪化し発熱にまで及んだ。
そうはいってもすでにタリ行きのチケットはとってあるため、
翌朝フライトの2時間前から空港に行きチェックインの列に並んだ。
しかし列の進みが異常に遅く、カウンターに着いたのはフライト時間が15分後に迫った時だった。
こっちは焦っているにもかかわらず、渡したチケットを持って中に入って行き、しばらく出てこなかった。
隣のカウンターの西洋人も同じような状況らしく「朝7時から並んでるんだ!」とずっと激怒している。
ようやく出てきたと思うと「No, weight」と言って何やら英語で説明してくれるがいまひとつ理解できない。
現地コーディネーターの成田氏に電話して代わりに話を聞いてもらうと、
どうやら首都で亡くなったタリ人の遺体が積まれており、
その葬式で里帰りする人が大量に乗り込んで満席状態だということだった。
気性の荒いタリ人に降りろと言って暴動を起こされても困るので航空会社も何もできない状態らしい。
諦めて航空会社が手配してくれるその日のホテルが決まるのを待っていると、
人だかりの中であの西洋人の怒りが頂点に達し、叫び声が空港内に響き渡っていた。
あの人ならタリ人とやり合えるのではないかと思いながら、
今にも殴り合いが始まりそうな状況をハラハラしながら遠巻きに見物した。
こんな常識がまかり通っているタリとは、いったいどれほどなのか苛立ちも恐ろしさも通り越して笑いがこみあげてきた。
成田氏の配慮もあり空港側が島のホテルを手配してくれた。
空港から車で40分程走り、さらにボートで15分ほど海を渡った静かなところだったおかげで、その日はゆっくり休むことができた。
この頃からビデオカメラの液晶画面が突如白くなる現象が起き始める。
翌日は無事タリに着くことができた。
空港は、空港というより柵で囲まれただだっ広い土地だった。
小雨の降る薄暗い曇り空の下、その柵の周りを取り囲むように異常なまでの人だかりができていて、旅客機から降りてきた私たちをじっと見張っていていた。
その人の多さ、異様さにはゾッとするものがあった。
荷物も山積みにされた荷台からそのまま引き渡される。
そこで早くも航空会社のスタッフが怒りはじめ、他のスタッフにも連鎖していく。
なるほど橋の爆破も勢いでやりかねない。
タリでは、村の方に入ってしまえば安全だと言われ、空港から1時間近く車で走った村にあるワリリロッジに5泊することになっていた。
成田氏の紹介のガイド、トーマスとトニーが用意してくれていた車はなぜか警察の車だった。
しかもチャーターは聞いていた通り150キナ(約6000円)と高額で、
貧乏旅行の私たちにとってはかなりの痛手であった。
トニーが「スーパーで5泊分の食料を買う」と言って止まったその場所にある建物はスーパーとは程遠い、
密売でもしているのではないかと思われる古びた倉庫であった。
トニーの忠告通り必要なお金だけ握りしめ、突き刺さる周囲の視線の中、薄暗い倉庫に入った。

警戒態勢の私たちをよそに、次から次へと私たち2人分の食料にしては多すぎる量を買い込もうとするガイド2人。
不信感は募り狭い倉庫内をぐるぐると回った。
意を決して聞いてみると4人ともロッジに泊まるから4人分買うのだと言う。
そんな事は聞いてないと思い、ガイドはパフォーマンスの時だけでいいと説明したが、
なぜそんなことを言うのか理解できない様子だった。
鉄格子で守られたレジ横には、頭の高さまで積み上げられた段ボール上から
私たちを得意げに見下ろす中国人がどっしりと腰をおろしていた。
不穏な気持ちをぬぐえないまま、鉄格子でふさがれた入口に群がる人だかりをかき分けて倉庫を出た。
やはりここは何かが違うと感じざるをえなかった。
-続く-
ゴロカから首都ポートモレスビーに戻り、
ここで先に帰国するアシスタントである友人を一人見送った。
次はサウスハイランド州に位置し、
資源開発の反対派による橋の爆破事件が起こるなど治安が悪化している、
最も気合いが必要と予想されるタリであった。
ところがグルポカでパフォーマンス後に体を洗う際、山の冷水しかなかったためにひいてしまった風邪が
ここで一気に悪化し発熱にまで及んだ。
そうはいってもすでにタリ行きのチケットはとってあるため、
翌朝フライトの2時間前から空港に行きチェックインの列に並んだ。
しかし列の進みが異常に遅く、カウンターに着いたのはフライト時間が15分後に迫った時だった。
こっちは焦っているにもかかわらず、渡したチケットを持って中に入って行き、しばらく出てこなかった。
隣のカウンターの西洋人も同じような状況らしく「朝7時から並んでるんだ!」とずっと激怒している。
ようやく出てきたと思うと「No, weight」と言って何やら英語で説明してくれるがいまひとつ理解できない。
現地コーディネーターの成田氏に電話して代わりに話を聞いてもらうと、
どうやら首都で亡くなったタリ人の遺体が積まれており、
その葬式で里帰りする人が大量に乗り込んで満席状態だということだった。
気性の荒いタリ人に降りろと言って暴動を起こされても困るので航空会社も何もできない状態らしい。
諦めて航空会社が手配してくれるその日のホテルが決まるのを待っていると、
人だかりの中であの西洋人の怒りが頂点に達し、叫び声が空港内に響き渡っていた。
あの人ならタリ人とやり合えるのではないかと思いながら、
今にも殴り合いが始まりそうな状況をハラハラしながら遠巻きに見物した。
こんな常識がまかり通っているタリとは、いったいどれほどなのか苛立ちも恐ろしさも通り越して笑いがこみあげてきた。
成田氏の配慮もあり空港側が島のホテルを手配してくれた。
空港から車で40分程走り、さらにボートで15分ほど海を渡った静かなところだったおかげで、その日はゆっくり休むことができた。
この頃からビデオカメラの液晶画面が突如白くなる現象が起き始める。
翌日は無事タリに着くことができた。
空港は、空港というより柵で囲まれただだっ広い土地だった。
小雨の降る薄暗い曇り空の下、その柵の周りを取り囲むように異常なまでの人だかりができていて、旅客機から降りてきた私たちをじっと見張っていていた。

その人の多さ、異様さにはゾッとするものがあった。
荷物も山積みにされた荷台からそのまま引き渡される。
そこで早くも航空会社のスタッフが怒りはじめ、他のスタッフにも連鎖していく。
なるほど橋の爆破も勢いでやりかねない。
タリでは、村の方に入ってしまえば安全だと言われ、空港から1時間近く車で走った村にあるワリリロッジに5泊することになっていた。
成田氏の紹介のガイド、トーマスとトニーが用意してくれていた車はなぜか警察の車だった。
しかもチャーターは聞いていた通り150キナ(約6000円)と高額で、
貧乏旅行の私たちにとってはかなりの痛手であった。
トニーが「スーパーで5泊分の食料を買う」と言って止まったその場所にある建物はスーパーとは程遠い、
密売でもしているのではないかと思われる古びた倉庫であった。
トニーの忠告通り必要なお金だけ握りしめ、突き刺さる周囲の視線の中、薄暗い倉庫に入った。

警戒態勢の私たちをよそに、次から次へと私たち2人分の食料にしては多すぎる量を買い込もうとするガイド2人。
不信感は募り狭い倉庫内をぐるぐると回った。

意を決して聞いてみると4人ともロッジに泊まるから4人分買うのだと言う。
そんな事は聞いてないと思い、ガイドはパフォーマンスの時だけでいいと説明したが、
なぜそんなことを言うのか理解できない様子だった。
鉄格子で守られたレジ横には、頭の高さまで積み上げられた段ボール上から
私たちを得意げに見下ろす中国人がどっしりと腰をおろしていた。
不穏な気持ちをぬぐえないまま、鉄格子でふさがれた入口に群がる人だかりをかき分けて倉庫を出た。
やはりここは何かが違うと感じざるをえなかった。
-続く-
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